平成14年度青森県畜産環境保全指導事業
家畜排せつ物処理の基本と対策について
独立行政法人 農業技術研究機構 畜産草地研究所
畜産環境部 主任研究官  黒田 和孝 氏

 
家畜排せつ物処理の基本と対策
 
はじめに
 家畜排せつ物の処理は、畜産農家にとって常に頭を悩ます問題です。牛や豚から排せつされるふん尿はトイレに流れてくれるわけではなく、農家の責任で処理しなければなりません。大量の排せつ物の処理は手間とコストが掛かり、直接的には利益に結びつかないため、経営汚染、悪臭の発生など、様々な環境問題を引き起こします。
 平成11年に施工された「家畜排せつ物法」の中では、排せつ物の処理・保管施設の構造や管理の基準を定めており、これに基づいた施設の整備が農家に対して義務付けられました。この施設設備のために法律の施工から5年間の猶予期間が設けられていますが、その期限が2年後に迫っており、施設整備の取り組みは最終段階に入っていると言えるでしょう。
 家畜排泄物を、いかにうまく処理し、再利用するか。この問題は、これからの畜産経営を考える上で、避けて通れない課題となっております。
 
Ⅰ「家畜排せつ物法」とその周辺
1.畜産由来の環境問題の現状
 現在の畜産の環境問題には、家畜排せつ物の処理・利用に関わる様々な要因が連関しており、解決を困難なものにしています。農家一戸当たりの家畜飼養頭数は年を追って増加してきましたが、これに伴って排せつ物の量と処理の負担も必然的に増大してきました。その一方で、就業者の減少と高齢化、自給飼料作付けの減少が進んでおり、投入できる労力の減少、自前で利用する排せつ物の減少から、排せつ物処理が手に余るものになっている農家も少なくありません。このような持て余された排せつ物による環境汚染は年々深刻化しており、特に「野積み」、「素掘り」といった不適切な管理に起因する悪臭発生や水質・土壌の汚染が顕在化してきています(表1)
表1 畜産経営に起因する苦情発生件数(平成10年)
(単位:件、(%))
区分 悪臭関連 水質汚濁 害虫発生 その他
乳用牛 506 363 51 66 867(33.5)
肉用牛 164 132 30 16 306(11.8)
581 387 20 22 823(31.8)
281 82 176 16 517(20.0)
その他 50 17 6 9 75(2.9)
1582 981 283 129 2588(100.0)
構成比 61.1 37.9 10.9 5.0  
 資料: 畜産局調べ
注1: 発生件数は、苦情内容が重複している場合を含む
2: その他は、騒音等が主体である
 一方、家畜排せつ物は、耕種農家の作物生産の中でも堆肥やスラリーの形で利用されてきましたが、近年、農耕地面積の減少や労働力の不足などから利用が減少しており、このことも余剰排せつ物の滞留と不適切な管理が増える一因となっています。また、畜産を取り巻く周辺の問題として、旧来の営農地域への都市生活者の進出があります。特に都市近郊では、以前から畜産を営んできた農家と周辺住民の間でトラブルが発生する危険が高まっています。
 
2.「家畜排せつ物法」~排せつ物処理の改善
 このような状況を改善し、排せつ物処理の適正化によって環境汚染の広がりを防ぐことを目的として、平成11年11月、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」(家畜排せつ物法)が施工されました。この法律は、①排せつ物の管理の適正化のための措置、②排せつ物の利用の促進のための措置、の二つの部分から成っています。管理の適正化の設置としては、国が管理施設の構造や管理方法に基準を定め、都道府県はこれに従って管理が行われるように農家に指導・助言を行うこととしています。また、利用促進を図るために、都道府県は、国の定めた基本方針に沿って具体的な達成目標を盛り込んだ計画を作成します。農家は排せつ物処理の高度化のための施設整備計画を作成し、都道府県の認定を受けると、計画達成のための融資、税制上の優遇措置等の支援を受けられます(図1)。全体として不適切な管理の解消と処理水準の底上げのための施設整備を目的とした内容となっています。
図1 家畜排せつ物法の基本的枠組み
 
3.「環境三法」~排せつ物リサイクルの促進
 家畜排せつ物は、窒素、リン、その他のミネラル等多くの作物肥料成分を含んでおり、有効に利用されるべき資源でもあります。現在、1年間に発生する家畜排せつ物中の窒素の総量は約74万t、リンは約12万tと試算されており、窒素は化学肥料として1年間に消費される窒素(60万t)の約1.2倍、リンは化学肥料中のリン(32万t)の約4割に及んでいます。
 近年、食品の品質や安全性への関心の高まりから、有機農産物の需要が増加しており、これに伴って、化学肥料や農薬の使用量を削減し、有機肥料の利用を中心とした農業を推進する動きが出てきています。99年7月に施工された「食料・農業・農村基本法(新農業基本法)」には、「自然循環機能の維持増進」に関する既定(第三十二条「国は、農業の自然環境循環機能の維持増進を図るため、農薬及び肥料の適正な使用の確保、家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進その他必要な施設を講ずるものとする」)が盛り込まれました。これを踏まえ、具体的な施策を行うことを目的として、三つの法律が施工されました。「家畜排せつ物法」はこのうちの一つであり、他の二つは「肥料取締法の一部改正法(改正肥料取締法)」、「持続性の高い農業生産方式の導入に関する法律(持続型農業促進法)」です。これらは合わせて「環境三法」と呼ばれています。
 (改正肥料取締法)
 「改正肥料取締法」の主な改正事項は、①堆肥等の特殊肥料の品質表示制度の創設、②一部の特殊肥料の届出制から登録制への移行、の2点です。堆肥等の有機質堆肥は肥料取締法において特殊肥料に区分されており、普通肥料における公的規格の設定、登録・保証票添付の義務等が有りませんでした。しかし、近年特殊肥料の生産量・流通量が増加していること、堆肥等は品質のばらつきが大きく、外見だけでは品質の識別が困難であることなどから、品質表示基準を制定し、表示を義務づけるものとしました。また、汚泥肥料等、有害物質を含むおそれのあるものについて、品質保全を図るために、普通肥料として登録制へ移行しました。これらの措置によって、堆肥に含まれる肥料成分を勘案し、土づくりと合わせて、化学肥料との合理的な組み合わせによる適切な施肥の推進を目的としています。
 (持続型農業推進法)
 「持続型農業促進法」では、堆肥等を活用した土づくりと化学肥料・農薬の使用低減を一体的に行う「持続性の高い農業生産方式」の普及・浸透を図ることを目的とし、それに取り組む農業者を支援することが規定されています。農家はこのような農業生産方式の導入に関する計画(目標とその達成に必要な施設・機械の購入)を作成し、都道府県知事に提出して認定を受けます。国および都道府県は計画達成のために必要な助言・指導、施設・機械等の装備のための資金の助成、税制上の優遇措置の援助を行うこととしています。
 「環境三法」は相互に関連しており、排せつ物の処理から利用までのプロセスをサポートすることで、弱体化した畜産農家と耕種農家の連携の再構築を図るものです(図2)。処理の高度化は、処理物の品質の向上に繋がり、利用促進の点で重要な意味を持っています。
 堆肥は有機農業を支える柱であり、その潜在的な需要は少なくないと思われます。需要を見出し、流通の経路を開拓していくことが、リサイクル促進のポイントとなります。
図2 環境三法の相互関連
Ⅱ 家畜排せつ物処理の考え方
 家畜排せつ物は極めて量が多く、その中に含まれる汚濁成分の量もまた膨大であるため、その処理は非常に大変な仕事となります(表2)。処理の方法には様々なものがありますが、家畜の種類と飼養規模、立地条件、処理物の利用法などを考慮して選択する必要があります(図3)。
表2 家畜排せつ物中の汚濁物質
図3 家畜ふん尿の処理方法の種類
 排せつ物処理を考える上で重要な分岐点となるのは、「ふん尿か、固液分離か」の選択です。「ふん尿混合」の場合、主要な管理事項は貯留と農地へのスラリー撒布となり、労力やコストは小さくて済みます。ただし、自前か近隣に十分な耕地や飼料畑があり、排せつ物を農家周辺内で使い切ることが前提です。しかし実際には、多くの畜産農家では自前の農地が狭く、スラリーの形で全てを還元することが出来ません。また、一旦スラリーの状態にしてしまうと堆肥化処理や汚水の浄化処理は困難となり、堆肥化処理を行う場合は、水分調整用の副資材が大量に必要となります。一方、固液分離(ふんと尿汚水を分離)した場合は、それぞれについて別個の管理・処理をすることになります。労力やコストは大きくなりますが、環境に負担がかからない形で還元したり、排せつ物を経営外へ持ち出し、他の場面での利用を図ることが可能になります。
1.堆肥化処理
 堆肥化処理は、家畜ふんを好気的(空気(酸素)が十分にある)条件に保持して微生物による有機物の分解を促し、良質な有機肥料をを生産する処理方法です。我が国では現在、家畜ふんの大部分が堆肥化処理された上で農地に戻されています。
 一般的な堆肥化処理では、ふんに稲藁やオガクズ等の副資材を混合し、適当な水分調整を行って堆積します。堆積初期には有機物の活発な分解が起こり、温度が高温(60~80℃)となります。堆積物は次第に圧密化し、分解が停滞してくるので、定期的に堆積を切り崩し、撹拌した後に再堆積を行います(切り返し)。切り返し後は再び有機物の分解が活発化し、温度が再上昇します。有機物の減少に伴って温度は低下し、最終的には堆積物の体積と重量は大幅に減少して粉末状の堆肥となり、農地での利用が可能となります。このような堆積方式の他、施設によっては連続的な通気や機械撹拌を行う場合もあります。
 堆肥化処理のメリットには、①含有成分の安定化と作物生育阻害物質の分解、②高温による病原微生物や雑草種子の死滅、③ふんの体積、重量の減少、④臭気や水分の低下による取り扱いの改善、等があります。
(1)堆肥化処理の管理
 堆肥化処理においては、好気的条件が保たれていれば活発な有機分解が起こり、処理がスムーズに進みます。しかし、堆積物が嫌気的(空気(酸素)が乏しい)条件になると、分解は緩慢になり、温度も上がらず、処理の進行が停滞します。このことから、堆肥化処理においては、好気的条件を維持することが管理の焦点となります。
 好気的条件維持のための最も重要な事項は水分量の調節です。目安となる数字は、処理開始時の堆積物の水分量60~65%、密度0.5kg/l前後です。ふんの水分量は豚で70~75%、牛では80~90%と高いため、予備乾燥や適量の副資材の混合により、処理の開始の時点で適切な水分量にしておくことが必要です。また、処理の過程では、定期的な切り返しによって堆積物内部に空隙を作り、好気的条件が保たれるようにします(図4)。
(2)堆肥の品質
 堆肥の中には品質が劣っていたり、臭気が残存したりしているものもあり、利用においてのネックになっています。耕種農家での堆肥の利用を促進するためには、品質が良く、安定したものを生産することが必要です。堆肥の品質を表す具体的な事項としては、①雑草種子の混入が無いこと、②悪臭が無いこと、③腐熱していること、④成分表示、等があります。
 雑草種子の死滅のためには、処理物全体が高温状態をある程度の期間経過していることが必要です。また、悪臭の消失や腐熟の進行は、有機物の分解と連動しており、好気発酵を保持し、処理に十分な時間をかけることで達成されます。このようなことから、処理期間、切り返し回数、温度の履歴などを公表すること(例えば「最高温度が65℃で55℃以上の温度が延べ30日間以上続き、切り返しを5回行い、120日間かけて堆肥化した」など)は、品質の良い堆肥であることを保証する情報となります。また、腐熟の指標としては、作物の発芽試験,硝酸態窒素の検出等もあります。
 改正肥料取締法では、特殊肥料として届け出た堆肥や排泄物の成分表示が義務付けられています。耕種農家では堆肥の肥料成分を考慮しないで施行する場合もあり、化学肥料との併用の中で塩分過剰や硝酸態窒素の問題が起きる危険性があります。化学肥料と共存した堆肥利用を進めていく上で、成分表示は重要な意味を持っています。
図4 堆肥化処理の管理事項
2.汚水処理
 畜舎からは、尿を主体とする排泄物の液分に加えて、洗浄水等が混合された汚水が排出されます。排水中の汚濁の指標となる項目にはいくつかありますが、家畜尿汚水中の汚濁成分の中で重要なものは、生物化学的酸素要求量(Biochemical Oxygen Demand、BOD)、浮遊固形分(Suspended Solid、SS)、窒素、リン等です。尿汚水中のこれらの濃度は非常に高く、処理(特に放流を見込んだ浄化処理)の困難な汚水といえます。豚はふんに比べて尿の割合が大きく、大量の尿汚水が排出されるため、養豚農家では排水処理が重要な課題となっています。
(1)水質の規制と家畜尿汚水
 我が国では、事業所からの排水について水質汚濁防止法による規制がなされています。畜産農家は水質汚濁防止法で定められた特定事業所に該当することから、排水については法律で定められた水質基準(表3)を満たす必要があります。但し、水質の基準は日平均排水量50?以上の事業所に適用されますが、実際の畜産農家は排水量50?以下の経営が99%以上を占めているため、規制の対象にはならないものの高濃度の汚水が流されていることもあり、これに起因する水質汚濁が生じているケースがあります。
 汚濁成分のうち、BOD、SS、リンは尿よりもふんの中に圧倒的に多いことから、汚水処理の負荷を減らすためには、ふんをあらかじめ除去し、汚水へのふんの混合を最小限にとめることが効果的です。特に浄化処理を行う場合は、畜舎の中で出来るだけ固液分離するようにすることが、後段の処理への負荷を減らす上で有効です。排水の処理としては生物処理法が一般的であり、他にメタン発酵や液肥製造のための強制発酵、簡易ばっ気法等も一部で行われています。
表3 水質汚濁防止法の排水基準(畜産由来の主な汚濁物質に関するもの)
(2)活性汚泥法
 汚水の生物処理として最も一般的に行われているのは活性汚泥処理です。活性汚泥(activated sludge)とは、最近や原生動物などが増殖し、粘液物質に包まれた集合体(フロック、flock)を形成したもので、好気条件下で有機物を活発に酸化・分解する作用を有しています。この活性汚泥を保持した処理槽に汚水を投入し、ばっ気を行うことで、汚水中の汚濁物質が分解または汚泥中に取り込まれる形で除去され、汚水の浄化が行われます。ばっ気を停止すると汚泥は短時間に分離良く沈殿するので、浄化された上澄みを処理水として抜き取ります。時間の経過に伴って汚泥も増加するので、時々汚泥自体の抜き取りも行います。活性汚泥法の形式としては長時間ばっ気方法、酸化溝方式、ばっ気式ラグーン等の種類があり、運転法としては回分式が多く用いられています。
 活性汚泥処理を含め、生物処理による汚水の浄化には、正常な処理が行われるような規模算定に基づく施設設計が重要です。また、運転管理は、ばっ気の強度や時間の設定、浄化水の排出や汚泥の引き抜き等、処理の状況に留意しながらタイムコースを設定し、サイクルを滞り無く回すことが必要です。
(3)メタン発酵
 メタン発酵は、汚水を嫌気条件で発酵槽に貯留し、微生物(メタン細菌等)の作用によって有機物を分解し、メタンを生成させる処理です。有機物濃度の高い汚水に適用できること、精製したメタンガスを燃料として利用できることが特徴です。発酵の過程で汚水中の有機物が分解され、メタンに変換されることによって除去されることから、汚水処理の一環として考えることができます。メタン発酵が起こる温度域としては、中温域(35-40℃)あるいは高温域(50-55℃)があり、基本的に発酵槽の加温が必要となります。
 1970年代にオランダで開発された上向嫌気汚泥床法(UASB法)は、メタン細菌を高密度で保持しつつ発酵を行うことによって、従来のメタン発酵に比べてメタンガス発生量と汚濁物質除去効率が高められたものです。この方法は食品産業排水などの処理法として実用化されており、畜産汚水への適用が検討されています。
(4)窒素・リンの除去
 家畜尿汚水は窒素とリンの濃度が高く、汚濁成分の中で除去が困難な項目です。特に放流を前提とした浄化処理では放流水の水質基準をクリアすることが難しく、処理の上で課題となっています。
 生物処理での窒素除去の原理には、微生物菌体への取り込みのほか、硝化-脱窒があります。硝化-脱窒の過程では、好気条件下でアンモニアが一旦硝酸まで酸化され(硝化:NH4+→NO3)、この後嫌気条件にすることで硝酸が分子態窒素に還元され、空気中に揮散することで汚水から窒素が除去されます(脱窒:NO3→N2)。従って、好気条件と嫌気条件を交代させることで窒素除去の効率を高めることが可能となります。この原理を利用した処理法として、制限ばっ気法、間欠ばっ気法、嫌気-好気循環法、嫌気-好気回転円盤法などが利用されています。
 リンに付いても、放流を前提とした場合、生物処理のみによって放流基準に到達することが困難であるため、多くの場合、放流前に凝集剤を利用してリンを除去する処理を加えています。リンはふんの方に多く含まれることから、畜舎段階でふんを除去することが、原汚水中のリンの濃度を下げるために有効です。また、間欠ばっ気法はリンの除去効率も高いことが知られています。この他、原汚水段階でばっ記することで、pHをアルカリ側(約8.5)とし、リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)の結晶として沈殿除去する方法(晶析法)も検討されています。
Ⅲ 臭気対策
1畜産の悪臭問題
 悪臭は畜産経営と不可分に存在し、しかも容易に感知されることから、苦情の対象となりやすい性質を持っています。悪臭の発生は心理的な影響が大きく、畜産の非衛生的なイメージを増幅するため、近隣住民との不和や、ひいては後継者の減少になるなど、長期的に内外から経営を圧迫する問題となる可能性があります。
 畜産から発生する悪臭の質や強さは、家畜排せつ物がどのような状態にあるかによって大幅に変わってきます。排せつ物の状態は畜舎、処理施設、農地施用などの場面で異なっていることから、それぞれの場面での適切な臭気対策が必要となります。
2悪臭の規制と畜産由来の臭気
 環境中の悪臭の規制は悪臭防止法により行われています。具体的な規制は、都市部を中心に人口密度の高い地域を「規制地域」として定め、その地域に一定の規制をかける形になっています。規制の基準は臭気強度という尺度に基づいていますが、我が国では6段階臭気強度表示法(表4)が用いられ、状況に応じて、3段階の臭気強度(2.5、3、3.5)のいずれかに相当するレベルの規制が適用されます。規制の種類は、決められた悪臭物質について空気中濃度の規制値を定めたもの(特定悪臭物質による規制(表5))と、人間の嗅覚を用いた評価に基づく規制(臭気指数による規制)(表6)の2種類があり、一つの規制地域にいずれか一方が適用されます。規制の対象となる場面は敷地境界線、排気口、排水溝の3つです(図5)。
 特定悪臭物質に指定されている物質のうち、アンモニア、4種類の低級脂肪酸類(プロピオン酸、ノルマル酪酸、イソ吉草酸、ノルマル吉草酸)、4種類の硫黄化合物類(硫化水素、メチルメルカプタン、硫化メチル、二硫化メチル)、トリメチルアミンは畜産からの発生濃度が高く、規制との兼ね合いから注意を要するものです。また、臭気指数による規制は、特定悪臭物質による規制よりも低い臭気に対処するものであり、畜産にとって厳しい規制といえます。規制の上で問題になる場面は主に敷地境界線ですが、排水が問題になる場合もあります。
表4 6段階臭気強度表示法
表6 敷地境界線での臭気指数による規制レベル
表5 特定悪臭物質と敷地境界線での規制レベル
図5 悪臭防止法による規制の概念
3.基本管理と臭気対策
(1)畜舎
 畜舎では家畜からふん尿が常に排出されることから、新しい排せつ物の臭気が主体となります。臭気の濃度は低いのですが、排せつ物が畜舎全体に広がることから、風量は大きく、空気を回収して脱臭処理を行うことは困難です。悪臭物質の中では、新しいふんに由来する低級脂肪酸類の濃度が高く、鶏ではアンモニア、トリメチルアミンも高くなります。また、オガクズ豚舎では低級脂肪酸は低く、アンモニアが高くなります。
 畜舎の臭気対策の基本は、定期的に清掃を行い、畜舎内にふん尿を多く溜めないようにすることです。また、ふん尿が舎内にある間は、出来るだけ分離した状態に保持すること、乾燥の促進を図ることが臭気の抑制に繋がります。このため、スノコの設置やふん尿溝の構造を固形分と液分が分かれやすい構造ににする等、施設としての整備が有効です。フリーストール牛舎は通路部分でふん尿混合状態となる場合が多いことから、通路にある程度敷料を敷いたり、上部からの送風により乾燥を図る等の管理が必要です。
(2)排せつ物処理
 排せつ物処理では、畜舎とは反対に、比較的狭い空間に大量の排せつ物を収集して処理を行うことから、風量は少なく、臭気の濃度が高いのが特徴です。このため、外部に臭気が漏れると周辺の苦情を受けやすい危険があり、屋内施設として遮蔽状態を作ることと、脱臭処理の適用が対策として有効です。
1)堆肥化処理
 家畜ふんの堆肥化処理の過程からは極めて高濃度の臭気が発生し、発生濃度としては畜産由来の悪臭の中でも最も高いものになります。臭気の質は生ふんの状態から大きく変わり、アンモニア、硫黄化合物類が高濃度となる一方、低脂肪酸類は低下し、全体としては刺激臭の強い臭いになります。
畜産の悪臭苦情の中で、堆肥の臭気への苦情は、農地に次いで高い割合を占めています。「堆肥」という言葉には、好気発行を行っているものの他に、野積みの状態のものや、生ふんに近い状態で保管しているものも含まれており、これらに由来する不快度の高い腐敗系の臭気が問題となっている場合も少なくありません。まずは好気的条件を整え、適正な堆肥化処理を行うことが必要です。ただ、好気発行処理でも上記のような高濃度臭気が発生するため、大規模の処理施設では脱臭処理の適用が必要となります。 
2)汚水処理
 活性汚泥等による汚水の浄化処理では、処理が順調に行われていれば、臭気の発生は高くありません。ただし、処理容量を超えて汚水が投入されたりすると、処理効率が低下し、悪臭が発生することがあります。このため、汚水処理においては、正常な処理が維持されるような適切な運転管理が、臭気対策の上でも必要です。また、処理前の一時貯留層や汚水溝からは悪臭が発生することがあるので、上部に蓋を設置する等の配慮が有効です。
メタン発行は密閉状態での処理であることから、臭気対策としての意味も有しています。しかし、発酵後の遊離液には悪臭が残存しているので、後段の処理が必要となります。
3)農地還元
 排せつ物を撒布した農地から発生する悪臭に対する苦情は、畜産関連の悪臭苦情の件数としては最も多く、まだ強い臭気の残っているものが農地に戻される場合が多いことが伺われます。スラリーインジェクタを用いて地表部より下にスラリーを注入する方法や、耕地に地下配管をして汚水を土壌中に浸透させる方法などはは対策として有効ですが、効率の悪さやコスト高のため、実施は限られています。
原則として、排せつ物は農地還元する前に十分な処理を行い、臭気を落としておくことが必要です。堆肥のペレット成形は、ハンドリングの改善に加えて、農地還元時の悪臭対策につながる技術でもあります。
4.積極的な臭気対策
(1)脱臭処理
 堆肥化処理のような高濃度の臭気発生を伴う場面には脱臭処理が有効です。処理の形式は様々なものがありますが、それぞれに特徴、長短所があります(表7)。導入においては、使用する場面、処理の対象となる悪臭空気の風量、臭気成分の種類や濃度などを考慮して、適切な方法を選択する必要があります(図6)。
表7 畜産で用いられる脱臭法・防臭法の比較(福森:1993)
図6 排せつ物処理のプロセスと摘要される防・脱臭法(福森:1993)
(2)臭気対策資材
  現在、様々な添加型の臭気対策資材が市販されており、その種類は優に百を超えています。これらの資材は、使用法が簡易であることや、脱臭処理に比べて低コストであることから、使用している農家も多く、高い関心が寄せられています、しかしながら、実際の効果については曖昧なものも多い模様です。これまでにも多くの試験機関が、資材の効果の有無について様々な調査・研究を行ってきてますが、普遍的に効果がある資材は確認されていないのが現状です。このような資材は、「これさえ使えばOK!」というようなものではなく「日常十分な管理を行っている上で使用すれば、ある程度の上乗せ的な効果が期待できるもの」と考えるべきでしょう。また、資材の選択については慎重な考慮が必要です(表)
表8 臭気対策資材を選ぶ上での留意点(加藤,1991)
おわりに
 家畜排せつ物の処理は、「これで一気に解決」というようなオールマイティな方法は無く、飼養規模、立地条件、処理物の還元先や使い道、流通等を考慮して、慎重に対応すべきものです。まずは経営内の現状を細かく見回し、改善できる部分を見出すことから始めるのが確実です。また、個々の農家のみでは対処しきれない問題もあり、集落、地域単位でも対応、行政等の組織的なバックアップが必要とされる場合もあるでしょう。様々な角度から畜産を支える体制の整備が望まれます。
 家畜排せつ物の処理・利用の促進は、畜産に由来する環境問題の解消のみならず、我が国のこれからの畜産や、ひいては農業全体のありかたについて、重要な鍵となるものです。畜産に関わる方々の、この問題に対する理解と今後の努力に期待したいと思います。